麻布台ヒルズは「ヒル…

麻布台ヒルズは「ヒルズの未来形」。開業のキーパーソンに聞く、森ビルの共創と挑戦の舞台裏

自然と都市が共存し、心地よい生活を紡ぐ街として、2023年11月に開業した麻布台ヒルズ(東京・港区)。高さ約330メートルの超高層ビル「森JPタワー」をはじめ、住宅や商業施設、オフィス、医療機関などを備える街として、新たな賑わいを創出しています。
完成まで約35年、総事業費約6400億円、延床面積約86万1700㎡の超大型再開発事業をけん引してきたのが森ビル。立場や事情の異なる約300人の権利者と議論を重ねながら、開発を推進してきました。
麻布台ヒルズのコンセプトや開業までの経緯、そしてこれからの挑戦について、ブランディングを担当した家田玲子特任執行役員にインタビューしました。

自然と調和した都市空間で築く、心地よい暮らしと健康な未来

――麻布台ヒルズは「Modern Urban Village」をコンセプトに掲げています。圧倒的な緑のある街、暮らすことで健康になれる街、そして人と人をつなぐ「広場」のような街を目指して開発を進められたと伺っています。まず、コンセプトに込めた思いについて教えてください。

家田役員(以下、家田):麻布台ヒルズのコンセプトには、人々がゆったりと豊かな気持ちで暮らしを送れる街にしたいという思いを込めました。森ビルの都市開発プロジェクトは、長期的な視野で計画を立てます。
ちなみに、麻布台ヒルズのプロジェクトは、六本木ヒルズのプロジェクトと同じ時期にスタートしました。人々が数十年先にどのようなライフスタイルを望むようになるのかを想像しながら、アイデアを広げていきます。

麻布台ヒルズは場所柄を踏まえると、オフィスビルが並ぶビジネス街ではなく、大都市でありながらも自然と調和した環境の中で、多様な人々がコミュニティをつくり、人間らしく生きられる街を創出しようという結論に至りました。

六本木、表参道、虎ノ門など数々の「ヒルズ」のブランディングを担当してきた家田役員

――麻布台ヒルズの緑地は約2万4,000m²と広大で、約320種もの植栽が彩りをもたらしているそうですね。ゆとりあるランドスケープも印象的です。

家田:自然環境は麻布台ヒルズの計画段階から重要な要素でした。とくにこだわったのは、一番の特徴でもある中央広場です。
通常、都市開発のプロセスでは、タワーのような大きな建物の配置を最初に決めるのですが、麻布台ヒルズでは敷地の中心に人が集まる広場を配置することを決めました。
「街の中心の広場から、街全体に自然や緑が広がっていく」というイメージを固めてから、建物の配置を考えていきました。ただ、広場というスペースがあるだけでは、賑わいの風景を創りにくいので、色々なイベントを実施することを想定して中央広場を設計しました。

麻布台ヒルズを象徴する立体的なランドスケープと緑に包まれているかのような中央広場

――自然環境に加えて、健康(ウェルネス)も街づくりの柱にされているそうですね。

家田:麻布台ヒルズにおけるウェルネスの概念には、身体的な健康だけではなく、心の豊かさやスマートな働き方、コミュニティとの充実した関係性を築くことを含めています。
例えば、麻布台ヒルズに拡張移転した慶應義塾大学病院予防医療センターと森ビルとの連携で、受診者の個別ニーズに応じた予防医療を展開していきます。さらに、スパやフィットネスクラブ、レストランなど様々な施設をプログラムやサービスで結ぶことで、この街で暮らし、働くことのすべてがウェルネスに繋がる仕組みの構築を目指します。
ウェルネスを起点に色々なアプローチをするという意味でも、街に暮らす一人ひとりに関わっていくところは、麻布台ヒルズの特徴だと言えます。

森ビルと慶應義塾大学のタッグで、次世代の予防医療の実現を目指す複合施設「慶應義塾大学予防医療センター」Ⓒ慶應義塾

麻布台ヒルズが描く、多彩な住まいと柔軟なワークプレイス

――麻布台ヒルズの「住まい」「ワークプレイス」の特徴について教えてください。

家田:「住まい」に関しては、これまでのヒルズと比較すると住戸数が圧倒的に多いです。六本木ヒルズの約840戸 に対し、麻布台ヒルズは約1400戸となっています。
森ビルの都市開発は、「街に人々の日常的な暮らしがあること」を重視しており、オフィスだけではなく住まいを用意します。暮らしがないと夜間や週末に人の気配がなくなってしまいます。とくに麻布台ヒルズは、場所柄からしても住む場所に適しているため、住戸数は多めに設計しました。

「ビジネス」については、コロナ禍を経て出社以外の働き方が増えたことから、個人のワークスタイルのバリエーションに応じて選べる環境づくりを意識しました。
麻布台ヒルズでは、街全体をワークプレイスだと捉え、森JPタワーの7階から52階を中心に、「ガーデンプラザ」「レジデンス B」にもワークスペースを備え、多彩な働き方の実現を後押ししています。

とくに、新しい働き方を象徴するのは「森JPタワー」33階と34階にある「ヒルズハウス」です。
企業の垣根を超えて会員であるワーカーが集う場であり、企業の発信の場となるイベントスペースや、交流の場となるダイニングが複合したこれまでにない施設です。
机やパソコンが並んだオフィスではなく、色々な刺激や遊び、ゆとりがある空間の中で、そのときの自分の状態や趣味嗜好に合った働き方を選べる仕掛けを施しています。

ワークプレイスだけではなく、個人や企業の交流の拠点としても活用できるヒルズハウス(イメージ)

また、スタートアップの成長の拠点として、独立系ベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタルが集う「Tokyo Venture Capital Hub(東京ベンチャーキャピタルハブ)」を開設。
国内最大規模のVCの集積拠点として注目されています。多様な方々のつながりが生まれる環境を用意することは、東京の経済の活性化に結びつくと考えています。

VCやCVC約70社が入居する「Tokyo Venture Capital Hub」。開会式典には、東京都知事の小池百合子氏も訪れるなど、期待値の高さが窺える

――日々の生活に彩りをもたらす「グルメ」や「アート」にもこだわりがあるそうですね。

家田:「グルメ」は、毎日の暮らしの中で日本の豊かな食文化に触れられることをビジョンに掲げ、多彩なレストランやショップを集めました。
日本初出店や多店舗展開していない、こだわり溢れる店舗も複数出店していただいております。森ビルとして一緒に街を盛り上げてほしいと思うパートナーを候補に挙げ、皆様に「こういう街を創りたい」とご説明して回りました。麻布台ヒルズに入居されたレストランやショップの多くは、「Green&Wellness」に共感してくださりました。
規模を拡大せずに、クオリティを大事にされているオーナー様にとって、捉えようによっては商業施設で開店することがリスクにもなります。しかし、森ビルのビジョンを理解した上で、一緒にやろうと決めてくださったケースも多く、個人的にもとても光栄に思います。

「アート」もこだわった部分です。
パブリックアート4作品に加えて、住宅の中にも配置しています。中央広場にある「東京の森の子(奈良美智作)」、オフィス天井の「相互に繋がりあう瞬間が協和する周期(オラファー・エリアソン)」など、美術館で鑑賞するような作品をパブリックな場所に置いて、誰でも見ることができるようにしています。
これは、六本木ヒルズで20年間にわたり森美術館を運営する中で、作家さんとのつながりを育んできたからこそ、実現できたことです。

【奈良美智 東京の森の⼦ 2023】 中央広場に設置された野外彫刻「東京の森の子(奈良美智作)」は、麻布台ヒルズのシンボル

パートナーとの共創と飽くなき挑戦が紡ぐ、森ビルのDNA

――麻布台ヒルズはどのようなパートナーと共創を重ねてこられたのでしょうか。

家田:パートナーは行政、地域の皆様、建築家、デザイナー、テナント企業など多岐にわたります。
多くのパートナーとコミュニケーションを取りながら、ひとつの街を創り上げていきます。そのなかでも、とくに地域の皆様との共創は再開発事業の根幹です。
麻布台ヒルズにおいては、約300人の権利者の方がいらっしゃいます。開業のテープカットセレモニーには、99歳になる再開発組合の理事長にもご参加いただきました。こうした地元の方のお力添えなくしては、再開発事業は成り立ちません。

2023年11月24日、森ビルの辻慎吾社長や地権者らによるテープカットで開業を祝った

また、街づくりにおいて、建築家との共創が不可欠です。
今回、森JPタワーの外観デザインは、アメリカのPC&P(ペリ・クラーク・アンド・パートナーズ)に担当してもらいました。これまでアークヒルズ仙石山森タワーや、愛宕グリーンヒルズMORIタワーなどでご一緒し、長年にわたり信頼関係を築いてきました。
森JPタワーの低層階やランドスケープの設計は、イギリスのトーマス・ヘザウィック氏に依頼しました。担当する場所は異なるものの、同じ建造物を担当するためどうしても重なる部分が出てきてしまうのですが、コラボレーションによって素晴らしい建物が完成しました。

タワーの低層部分のユニークな造形が麻布台ヒルズらしさを演出

このような共創をなぜ実現できるのかというと、森ビルの文化として非常に濃い密度のコミュニケーションが根付いているからだと思います。
色々なアイデアに対して、粘り強くやり取りを重ねます。非常に複雑で労力もかかりますし、難易度が高いです。しかし、それをやり遂げることこそが、森ビルの強みと言っていいかもしれません。

その強みがあったからこそ、麻布台ヒルズを実現できたとも言えます。
例えば、自然環境の整備についても、アークヒルズでサントリーホールの屋上にガーデンを作ったことで得た知見を生かしています。建物の上で大きい木を育てるにはどれくらいの土がいるのか、
建物の強度を踏まえて荷重を計算したり、六本木ヒルズの屋上で田んぼを作ったりと都市に緑を増やしていくために色々なことに挑戦してきました。試行錯誤を積み重ねてきた延長線上に麻布台ヒルズがあります。

緑の割合やゆとりを感じさせるランドスケープの設計などは、これまでのヒルズ開発で蓄積した知見の賜物

――過去の積み重ねと未来の構想により、ヒルズは進化してきたということですね。最後に、これからどのようなヒルズを生み出していくのか、挑戦への思いをお聞かせください。

家田:ヒルズのベースの考え方として共通しているのは、「人々にとって、より価値のある都市を作ること」です。
より良いライフスタイルや働き方を実現するために、ヒルズを通して複合的な機能を持つ都市作りを提案してきました。
麻布台ヒルズは現段階で「ヒルズの未来形」という位置づけですが、これからもベースの考え方は変えずに、数十年後の豊かな暮らしの在り方を想像しながら、新たなヒルズのコンセプトを練っていきたいです。そのためには、人間にとっての普遍的な価値を見誤らないように、都市作りをしていきたいと考えています。

edit & write : yoko sueyoshi
photo : Koji Matsukura
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